5分ブログです。
昨日初詣に行ってきました。ここ数年、願うことは同じです。家族が笑顔で幸せでありますように、です。仕事に関する願いは別途しっかりと神社で商売繁盛祈願をしますので、その時に念を込めます。
昔は自分に関する願い事をすることが多かったです。受験に合格しますようにとかですね。ある時からそれが変化してきました。自分ごとを願うよりも他人ごとを願うようになりました。これ、なんでだろうなぁと自己分析してみました。
究極は自分の幸せのためで、そのためにはどういう状態になっているのが良いのか、ということだと思います。家族が幸せだと自分も幸せ。家族が不幸で辛そうだと自分も幸せな気分になれない。凄く簡単に言うとそういうことなんだろうなと。
年齢を重ねていくと、自分の幸福は他者との関係性の中で感じられるものにたどり着いていくのかしらと思います。
世の富豪の皆さんが寄付をするようになるのも、色々な理由はあると思いますが、他者の幸福に貢献することで自分が幸せを感じられるから、というのも理由の1つなんだろうと思います。
仕事においても似たようなところはあります。仕事歴を重ねていくと、他者の幸福に貢献することが真の目的になってくるように思います。クライアントの幸福、クリエイターの幸福、取引先の幸福、お客様の幸福。それに貢献する。売上と利益は貢献することで生まれますから、主が貢献、その結果が売上と利益という理解です。その先に社内や自分たちの幸福があります。
世の伝説的な起業家の本などを読むと、企業の目的は社会貢献だ、という類いの発言が良くでてきます。たどり着くのはそこなんだなぁと改めて思います。
そういうわけで今年もまずは身近な人のハッピーを願うことからスタートです。
斎藤 滋 プロフィール
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“初詣で願うこと” への1件のコメント
斎藤さん、おはようございます。
僕は初詣は少し遅れた時期にずらして行くのですが、年が明けて初めて行ったら「初詣」だろうという持論でそうしています。
願い事、昔は絵馬などでよく見るように「〇〇になれますように」「××と会えますように」など自分に対しての願い事でしたが、いつしか「家族が健康でいれますように」だったり、「今年も無事に過ごせますように」など抽象的な内容になっている気がします。
個人事業主としては、商売繫盛も願った方が良いのでしょうが、あまり神頼りというのに信仰がないので「それなりにお願いします」のような内容になりそうです。笑
ハールフルな1年になりますように。