石川由依
UTA-KATA Vol.1 ~夜明けの吟遊詩人~
東京公演
2020年1月11日(土)ガルバホール
東京の西新宿にあるガルバホール。ビル群が立ち並ぶ西新宿において、そこだけ中世ヨーロッパの世界であるかのような佇まいの会場。スペインの芸術家ガウディがデザインしたかのような曲線を駆使した会場。
キャパシティ約70人という小規模なホールになっている。
客席との距離の近さを大事にしたいという石川由依の考えがあり、この規模の会場で開催されることになった。
UTA-KATAは石川由依が1名で朗読芝居をし、そして歌うというシンプルなエンターテイメントだ。1時間40分ほどの内容を1名で行う。何役も演じ分ける。演奏はピアニストが1名だけ。その他には何も無い。そぎ落とされた空間になっている。
ピアニストとして石川由依とともにステージを作るのは伊藤真澄。数々のアニメ劇伴を手がけてきた作曲家でもある。また伊藤真澄としての歌手活動も行なっている。その伊藤真澄が今回はピアノ演奏に徹する。
芝居に合わせて演奏される音楽は全て伊藤真澄が作曲している。物語の流れ、石川由依の芝居温度に合わせて演奏スピード、強度を臨機応変に変化させていく。単に譜面通りに弾いていれば良いというものではなく、石川由依の呼吸に演奏を合わせていく。これはこれで相当な職人芸である。
時間になるとまず伊藤真澄が登壇。ピアノにそっと向かう。しばしの間を置いて石川由依もステージに登壇する。非常に静寂な空間。客は石川由依の芝居が始まるのをじっと待つ。
静寂を終わらせたのは石川由依の最初の一言。
『神様の涙が、ひとひらの花びらになって海に落ち、やがて島となった』
そのセリフが終わると同時に始まる演奏。切なさも感じられるような、遠い土地での旅の始まりを感じさせる旋律。伊藤真澄の演奏が石川由依の芝居を引き立てていく。
コーデリアという少女が主役の物語。
吟遊詩人とともに旅をしていく。
第一幕はコーデリア旅立ちのお話。コーデリア、コーデリアの母、そして吟遊新人。石川由依は次々と登場人物を演じていく。客席から見える景色は非常にシンプルなものだ。石川由依、伊藤真澄、そしてガルバホールの背景。しかし石川由依の芝居によって、いつしか頭の中には中世ヨーロッパ世界の風景が広がる。このUTA-KATAは客の頭の中にステージを生み出す。ステージは小さくとも、頭の中に広がる風景は無限大。生半可な演技力と熱量では単なるシンプルなステージになる。しかし石川由依の芝居力は観客に無限の空間を提供する。
この体験は他の演劇や芝居ではなかなか味わえない。伊藤真澄の作った本作用の劇伴とピアノ演奏力もまた、無限空間の創造に大いに寄与している。
そぎ落とされた人数と空間がゆえに、必然的に想像力が掻き立てられる。
芝居が始まってわずか10分。すでに観客はUTA-KATAワールドに没入している。
石川由依は単に本を読み上げるだけではない。その人物、状況に応じて表情も変化する。石川由依の表情もまた素晴らしく本作の世界を作り上げている。芝居力と表情の豊かさ。目線の動かし方、顔の向き、使えるものは全て使って世界を作っていく。
瞬きすら惜しく思わせる演技を持って観客を魅了していく石川由依。
絶妙の演奏スピード、そして演奏の温度感でその演技をさらに引き立てる伊藤真澄。
完全にこの世界の虜となった時、本公演1曲目の歌が披露される。
物語の中で自然にそして必然的に歌われる。
石川由依が歌い始めると、客席の空気がさらに変わる。
透明感があり、どこまでも伸びていくような歌声。物語のポイントポイントで歌が歌われる。ゆえに、歌う側も聴く側も感情がたっぷり乗った状態。
いわゆる挿入歌であるが、あまりにも自然でそして美しく挿入されるため、ただ歌を聴くよりも何倍も感情移入がある。
歌詞も物語の一部と化しており、歌を聴くことでますます物語世界に入り込んでいく。
まるで魔法にかかったかのような感覚に陥る。
ここが東京であること、日本であることすら忘れてしまう。
歌については、伊藤真澄以外にも多くの作曲家が作曲を提供している。
1つ1つ全てがこの世界にしっかり寄り添った内容となっており、全く違和感がない。この世界でこの文化で作られる曲はきっとこうなのだと違和感なく心の中に流れていく。
1曲目「たからもの」は、母が子を思う歌。
暖かく、そしてどこか悲しく。
たっぷり感情豊かに歌う石川由依は吟遊新人そのものだった。
吟遊詩人であり、また母である。声だけで新しい世界を生み出している。
目の前には海と遠ざかる街並みが見えている。
この表現力には驚かされる。
今まで多くのキャラクターソングを歌っている石川由依だが、個人名義で歌われたものを聴ける機会は多くなかったように思う。
この歌唱力と表現力には正直驚かされた。
また、同時に、その才能が正当な形で発揮される場所が生まれて良かったと心底思った。このUTA-KATAプロジェクトは石川由依という才能が自由自在にその力を発揮する場所なのだ。
客席を見渡すと、全観客が一心不乱に石川由依を観ている。一人芝居なのだから当然だが、全ての視線を受けながらパフォーマンスするプレッシャーはいかほどか。
普通のコンサートであれば、バンドがいて、美術がある。見るべき箇所はたくさんある。
普通の芝居であれば多くの役者がいる。視線の置きどころは多数ある。
しかしながらUTA-KATAは、見るべき視点が石川由依のみである。全観客の視線と集中力を一身に受ける。石川由依はその全観客の全集中力をエネルギーに変えて表現に昇華させているようだった。
幕間では時間と場所が変化することを、伊藤真澄が演奏で表現する。
ピアノ以外に、トーンチャイム、ウインドチャイムを使って空間の変化を表現する。非常にシンプルな演奏であるが、不思議と舞台が変化したことが理解できてしまう。
これもまた魔法のようだった。
第二幕。
旅が進んでいく。どういう場面でどういう展開なのかはまだ京都公演と札幌公演があるのでここでは割愛する。
お伝えしておきたいこととすれば、新しい人物が登場するたびに石川由依が新しい演技で表現するのが見事であるということ。楽しい場面、辛い場面など、旅をする最中で色々なシチュエーションが登場するが、その全ての空気を演技で表現して作り上げていた。
そして歌。歌は今回の公演では7曲登場する。そのどれもが物語に沿っており、また、色とりどりなもの。歌だけ並べて聞いたとしても立派なコンサートとして成立する。そういうクオリティのものだった。
それが物語と完全に連携して表現されていく。UTA-KATAはミュージカルとも言えるかもしれない。一人ミュージカルである。ただミュージカルと違うのはセリフを歌で表現するということではなく、歌は歌として単独で成立するように作られていること。いずれUTA-KATAが歴史を重ねていけば、UTA-KATAの歌だけを集めたコンサートなども実現可能かもしれない。
全く集中力を途切れさせることなく、石川由依と伊藤真澄は表現を生み出していく。
圧倒的なパフォーマンスだった。
物語が全て終わった時、今生きている世界と芝居の世界の境界線が曖昧になる不思議な感覚を得た。
これは暁佳奈のシナリオの絶妙さだ。
石川由依が1名で表現すること、歌と連動すること。今の石川由依が置かれている状況、観に来てくださるであろう観客の期待すること。それらを全て内包した見事なシナリオを生み出した。
シナリオを作る上では、石川由依の希望も存分に汲み取って作られている。
本作を体験して得られる感動は暁佳奈のシナリオにも大いに理由がある。
見事なまでの、想像世界の構築なのだ。
時に優しく、時に厳しい。世界は優しいだけではない。しかし救いに満ちている。そういう物語。
この物語は、暁佳奈から石川由依への贈り物であるのかもしれない。この物語に登場する主人公、そして吟遊詩人。それぞれは何かに置き換えて理解することが出来る。表現者の道を突き進む石川由依。日々を生きる我々。それぞれが登場人物に何かしらリンクするようになっている。
この物語から得られる教訓はたくさんある。一人一人がそれを見つけられるようになっていると感じた。
全ての幕を終え、最後に石川由依が歌ったのは「泡沫の祈り」。
これ以外の楽曲は「夜明けの吟遊詩人」の挿入歌として作られたものだが、この「泡沫の祈り」は挿入歌ではなく、UTA-KATAプロジェクトのテーマソングとして作られたものである。
UTA-KATAがVol.2,Vol.3 と続く未来があるとしたら、毎回歌われるのが「泡沫の祈り」なのである。
他の曲は全て安藤紗々が作詞をしているのだが、「泡沫の祈り」だけは作詞に石川由依が参加している。石川由依と安藤紗々の共作になっている。
石川由依が伝えたいテーマを設け、それを安藤紗々が作詞にする。さらにそれを石川由依がリライトする。さらにまたその補足を安藤紗々が行う。そうして作られたのがこの楽曲である。
「泡沫の祈り」の作曲は伊藤真澄。
遠い故郷を思うような切なく優しいメロディ。旅の不安から、未知のものと出会う希望に向かうメロディ。この楽曲は石川由依がUTA-KATAプロジェクトにかける想いを音楽で表現したものである。
大きな旅の、最初の一歩。
今回のキャッチコピーである。これは石川由依が作ったもの。
大きな旅には大いなる不安がつきまとう。でも踏み出さないことには進まない。
不安だけれど、進むべき時。そこに向かう勇気。待っているであろう新しい出会いと新しい可能性。
そういう気持ちを全て内包して作られたのが「泡沫の祈り」である。
「泡沫の祈り」は石川由依から観客に向けたメッセージなのである。
この歌もまた、それまでの演技と同様に表情豊かに歌う。その表情にも石川由依からのメッセージが込められていた。
「泡沫の祈り」を歌い終えると、石川由依と伊藤真澄が袖に退場していく。と同時に大きな拍手が巻き起こった。
鳴り止まない拍手。
その拍手の中、再び登壇する石川由依と伊藤真澄。
ここで初めて石川由依が、石川由依として口を開く。
このプロジェクトが始まった経緯、ここにかける想い、演じ終えての感想。
そして来場してくださったお客様への感謝の気持ち。
一言一言を噛みしめるように伝えていく。
その言葉の全てが観客に届く。
語り終えるとまた、より一層大きな拍手が巻き起こった。
笑顔で袖に退場していく石川由依と伊藤真澄。
UTA-KATAは新しいエンターテインメントであることが実感出来た。
このVol.1は非常に貴重な公演だと思う。
石川由依はきっとこの先もUTA-KATAを続けていくと思われる。その「最初」を体験できるのは今しかない。
何事にも最初はあるが、最初を体験できることは実は数少ない。当然なことを言っているが「最初」というのは本当にその1回しかない貴重なものなのである。
次の京都公演はすでに完売とのことだが、札幌公演はまだ購入可能という状況だ。
札幌にまでわざわざ行くほどの価値があるのか?と問われれば、「絶対にある」と答える。
この文章をここまで読んだ方ならば、ますますそれは確実に「ある」と答える。
少人数の静謐な空間で行われる極上のエンターテイメントだ。
ぜひ多くの人に体験して欲しいと思う。
<セットリスト>
夜明けの吟遊詩人
脚本:暁佳奈
M1 たからもの
作詞:安藤紗々 作曲:伊藤真澄
M2 雨よ雫よ
作詞:安藤紗々 作曲:星銀乃丈
M3 暗闇のためのレクイエム
作詞:安藤紗々 作曲:momo
M4 Harvest song
作詞:安藤紗々 作曲:島みやえい子
M5 花染めに想いを
作詞:安藤紗々 作曲:下川佳代
M6 獣退治
作詞:安藤紗々 作曲:島みやえい子
M7 泡沫の祈り
作詞:石川由依、安藤紗々 作曲:伊藤真澄